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勉強したることども

ドイツ語の Gendern についてまとめ。あるいは私はいかにして「有標性」なる概念と出会ったか(4)Gendern して訴えられた学校

前回からの続き。前回は Gendern に対するドイツ各政党の態度について。

heartyfluid.hatenablog.com

政党だけでなく各地方の自治体や教育機関も、Gendern するのかしないのか、あるいは自由に任せるのかの決定を迫られている。そしてその決定をめぐって抗議があがったり訴訟沙汰となったりもしている。たとえばベルリンでは、Gendern するよう教育するギムナジウム(高校)を生徒の親が訴えるという出来事があった。

www.spiegel.de

Der Kläger wendet sich dagegen, dass Lehrerinnen und Lehrer an der Schule seiner Töchter teils beim Sprechen Pausen lassen – etwa bei dem Wort »Lehrer-innen« – um die lange übliche männliche Form zu vermeiden. Teils würden auch Sternchen oder ein Binnen-I in Mails an Eltern oder in der schulischen Aufgabenstellung verwendet. Der Kläger und der Verein bezeichnen dies als Ideologie.

原告が異議を唱えているのは、教員らが学校で原告の娘に対して、長い間使われてきた男性形を避けるため発話の一部で(たとえば Lehrer-innen などの語で)ポーズを置かせることについてである。ときにはアスタリスク (訳注:たとえば Lehrer*innen) や語中の I (訳注:たとえば LehrerInnen) が、保護者へのメールや学校での出題に使われることもあるという。原告とドイツ語協会 (Verein Deutsche Sprache)はこのことがイデオロギー的であるとしている。

»Lehrer und Schulen haben neutral zu sein«, erklärte der Vereinsvorsitzende Walter Krämer. »Schüler jeden Alters müssen eine Sprache lernen, die normiert ist und überall verstanden wird.« Die Genderschreibweise weiche von der amtlichen Rechtschreibung ab und verstoße gegen das Neutralitätsgebot.

「教員や学校は中立でなければならない」とドイツ語協会会長のヴァルター・クレーマーは説明した。「すべての年齢の生徒が、標準化されておりだれにもわかる言葉を学ばねばならない」。ジェンダー中立な記法は公的な正書法から逸脱しており、中立性の要請に反しているという。

シュピーゲルの地の文では複数形の併記 (Lehrerinnen und Lehrer) がなされ、クレーマー氏の発言では総称的男性形 (Lehrer, Schulen) が用いられているあたり味わい深いというかきな臭いというか。

ちなみに日本語で「ドイツ語協会」と訳しうる団体としては、ここで登場する Verein Deutsche Sprache e. V. のほか Gesellschaft für deutsche Sprache e. V. (GdfS) というのもある。それぞれ Wikipedia を引くと、前者は言語純粋主義を唱える右派的な団体で AfD とも近いという。後者は連邦議会・連邦委員会への諮問機関としての役割も持っている団体で、毎年「今年の言葉 Wort des Jahres」の選出も手掛けている。

de.wikipedia.org

en.wikipedia.org

そういえば2024年の言葉はこの記事を書いている今日12月6日に発表予定。今年はなんだろうな…東ドイツ関連とかどうだろう。

gfds.de

話を戻す。先の訴訟について、ベルリン行政裁判所は原告敗訴の判決を下した。

Das Berliner Verwaltungsgericht entschied anders. Vor dem Hintergrund des staatlichen Erziehungsauftrags sei nicht zu erkennen, dass die Schulaufsicht gegen gendergerechte Sprache einschreiten müsse.

ベルリン行政裁判所は訴えを退けた。国が教育の義務を負っているという点からは、学校当局がジェンダー平等な言葉遣いに反対する措置をとらなければならないとは認められない。

Die Schulleitungen hätten Lehrkräften das Gendern im Unterricht freigestellt und zugleich darauf hingewiesen, dass die Rechtschreibregeln einzuhalten seien, stellte das Gericht klar.

学校当局は教員らが授業で Gendern するかを自由に任せると同時に、正書法が順守されるよう指示もしていたと裁判所は指摘した。

この判決について、ある言語学者言語学の観点から論評した、というのが次の話。