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勉強したることども

Wörter des Jahres 2024: ドイツ語協会の「今年の言葉」

ドイツ語協会 (GfdS; Gesellschaft für deutsche Sprache e. V.)が毎年恒例の Wörter des Jahres すなわち「今年の言葉」を発表している。

gfds.de

GfdS はドイツ語の言語学者が主となり運営している団体であり、連邦政府の言語政策に関する諮問機関としての役割も持っている。そのため日本語の流行語大賞と比べて、時事的でありつつも言語学的な含蓄が随所に垣間見えたりドイツ語全体の言語変化がしのばれたりするのが見どころ。(日本の流行語大賞ってなぜかやくみつるブランドとして認知されて(させて)いるところがあって、選考委員には言語学者もいるんだから本職らしいコメントを押し出していけば印象変わるんじゃないかと思うんだけどどうなんだろうか。)また GfdS は「いまでは世界各地で行われている今年の言葉の選考・発表を最初にやったのは我々」と毎年発表のたびにおっしゃっています。

2024年の「今年の言葉」1~10位は次のとおり:

  1. Ampel-Aus
  2. Klimaschönfärberei
  3. kriegstüchtig
  4. Rechtsdrift
  5. generative Wende
  6. SBGG
  7. Life-Work-Balance
  8. Messerverbot
  9. angstsparen
  10. Deckelwahnsinn

1. Ampel-Aus 「信号機消灯」

Ampel 「信号機」とは、社会民主党(SPD)同盟90/緑の党自由民主党(FDP)の3党連立政権のこと。それぞれ赤・緑・黄をシンボルカラーとすることから「信号機」にたとえられてきた。11月に SPD 党首の首相オーラフ・ショルツが FDP 党首の財務相クリスティアン・リントナーを解任したことで連立が瓦解した事件を指すことば。

www.bloomberg.co.jp

ドイツの首相には早期に総選挙を実施する権限はなく、その権限を有しているのは連邦政府の大統領だ。しかし、首相は信任投票で故意に敗れ、大統領に下院の解散を要請し、早期の総選挙実現を目指すことは可能だ。その場合、総選挙は下院解散後60日以内に実施しなければならない。

ショルツ氏が狙っているのはこうしたシナリオだが、すぐに解散・総選挙に向かうわけではない。少数与党となったショルツ政権は幾つかの法案を可決させ、来年1月15日に信任投票を実施したいと考えている。

まだ年を越していない現時点ですでに信任投票は無事(?)否決済み、総選挙は2025年2月23日実施の見通し。

www.bbc.com

リントナー解任にあたっての政権内でのドラマは以下にくわしい。

www.focus.de

„Dann lieber Christian, möchte ich nicht mehr, dass du meinem Kabinett angehörst. Und ich werde morgen früh den Bundespräsidenten bitten, dich zu entlassen“

Danach: Stille. Eine „Nirwana-Situation“, sagen Anwesende.

「では親愛なるクリスティアン、私はもはや、君には私の内閣の一員であってほしくはない。なので私はあす早朝、連邦大統領に君の解任を願い出る」

その後:静寂。「さながら涅槃」であったと同席した者たちはいう。

なお、言語学者らしいコメントも。

Sprachlich interessant ist an dem Wort Ampel-Aus die Alliteration (beide Wortbestandteile beginnen mit einem A) sowie die Tatsache, dass die Präposition aus hier als Substantiv (»Hauptwort«) erscheint. Das Wortbildungsmuster ist keineswegs neu: Ehe-Aus, Beziehungs-Aus, Liebes-Aus usw. kennt man aus der Regenbogenpresse; Jamaika-Aus war das Wort des Jahres 2017.

Ampel-Aus という語が言語学的に興味深いのは頭韻(両方の単語成分が A から始まる)と、前置詞 aus がここでは名詞(「主要語」)として現れているという点である。この語形成パターンは決して新しいものではない:Ehe-Aus 「婚姻の終わり」、 Beziehungs-Aus 「恋愛関係の終わり」、 Liebes-Aus 「恋の終わり」などが週刊誌にみられる; Jamaika-Aus は2017年の今年の言葉だった。

付け加えると、前綴り aus には一般的な「終わり」の意味があるだけでなく ausmachen 「(電灯やテレビの)電源を切る」のような用法もあるので、Ampel 「信号機」とのコロケーションは Ehe や Beziehung 以上にぴったりくる。

また2017年の Jamaika-Aus も、当時の3党連立政権の崩壊を3党のシンボルカラーになぞらえたものだった。

de-gakushuin.jp

2. Klimaschönfärberei 「気候潤色」

Klimaschönfärberei (Platz 2) steht für die Praxis, die Auswirkungen des Klimawandels oder die Dringlichkeit von Klimaschutzmaßnahmen zu beschönigen oder zu verharmlosen. Unternehmen oder Organisationen versuchen dabei in einer Art von Greenwashing, sich umweltfreundlicher darzustellen, als sie tatsächlich sind.

気候潤色(第2位)とは、気候変動の影響や気候保護施策の緊急性を取り繕ったり矮小化したりする行為を指す。たとえば企業や団体はある種のグリーンウォッシングによって、実際よりも環境にやさしい企業であるように見せかけようとする。

この種の話は日本でも聞かれる気がするけれど、対応する日本語が思い浮かばなかったのでひとまず「潤色」とした。

Ob konkrete Maßnahmen helfen oder eher Augenwischerei sind, lässt sich neuerdings immerhin durch ein KI-Programm namens Climinator beantworten, das in Minutenschnelle einen Faktencheck und einen Abgleich mit der seriösen Klimaforschung durchführen kann.

具体的な対策が有効なものかそれとも見せかけなのかは、数分でファクトチェックや信頼できる気候研究との比較を実行できる Climinator と呼ばれる AI プログラムによって確認できる。

Climinator とはこれのことか。

arxiv.org

3. kriegstüchtig 「戦争遂行能力のある」

62 Jahre später forderte einer seiner Nachfolger, der SPD-Politiker Boris Pistorius, dass Deutschland bis 2029 kriegstüchtig (Platz 3) werden müsse – was zum Ausdruck brachte, dass dies aktuell nicht der Fall sei.

62年後、彼の後継者のひとりである SPD の政治家ボリス・ピストリウスは、ドイツが2029年までに戦争遂行能力のある(第3位)国になっていなければならないと要求し――それは現状では実現していないと言明した。

連邦議会での国防相ピストリウスの発言は以下。

www.bundestag.de

GfdS の記事にある「62年後」とは、1962年の「シュピーゲル事件」から数えて今年が62年後であること。また「彼の後継者」とは、シュピーゲル事件の当事者であり当時アデナウアー内閣で国防相を務めていたフランツ・ヨーゼフ・シュトラウスと比較したもの。

ja.wikipedia.org

4. Rechtsdrift 「右傾化」

これはドイツ国内でも他の欧米諸国でも言わずもがな。

www3.nhk.or.jp

5. generative Wende 「生成的変化」

AI ブームの中でも特に生成 AI の技術が幅を利かせるようになったという話。「人工知能」を日本語では英 Artificial Intelligence を略した AI で示すことが多いいっぽう、ドイツ語では Künstlicher Intelligenz を略した KI のほうがよく見かける。

aws.amazon.com

6. SBGG; die Selbstbestimmung in Bezug auf den Geschlechtseintrag 「性別登録に関する自己決定」

Das Gesetz über die Selbstbestimmung in Bezug auf den Geschlechtseintrag 「性別登録に関する自己決定法」が今年4月に可決・成立し、11月1日に施行。これにより、ドイツでは成人であれば役所でだれでも性別(とそれにともなう名前)の変更ができるようになった。役所への届け出にあたり、医師の診断や裁判所の許可は不要で、成人前でも14歳以上かつ保護者の同意があれば申請可能。性別の選択肢は男性・女性・「多様」の3区分で未回答も可。ただし変更後1年間は再変更が認められない。

ただ名前の変更にあたっては希望した名前を役所が受け付けないなど問題が残っているらしい。そのような相談にも GfdS は乗っているらしく、レポートも出している。

gfds.de

同法制定にかかわった連邦議会議員の記事があった。

www.huffingtonpost.jp

7. Life-Work-Balance 「ライフワークバランス」

これが流行りことばになるような何かが2024年中にあったんだろうか。記事からは読み取れず。探した限りでは以下のような記事はあった。

www.timeout.jp

興味深いのが、労働時間が平均より大幅に下回るドイツの順位だ。最近の別の調査では、ヨーロッパで最もワークライフバランスに優れた国に選ばれていたが、この調査では6位にとどまった。

関係あるようなないようなところでいうと、ドイツは日本よりも労働組合が強い印象で、ストライキの話などしばしば見かける。きょうもこんな記事が出ていた。

www3.nhk.or.jp

もっとも、フォルクスワーゲンの件は「ライフワークバランス」以前の話ではある。

8. Messerverbot 「ナイフ禁止」

Mit dem »Gesetz zur Verbesserung der inneren Sicherheit und des Asylsystems« von Ende Oktober 2024 wurde unter anderem das Waffengesetz verschärft. Demnach dürfen nunmehr auch Messer jeder Art, Länge sowie Beschaffenheit im öffentlichen Raum nicht mitgeführt werden.

2024年10月末からの「国内安全保障および亡命制度の改善に関する法律」により、とりわけ銃刀法が強化された。同法により今後、いかなる形式・長さおよび状態のナイフも公共の場で携帯することが認められない。

在独経験のあるドイツ語の先生からきいたところでは、もともとドイツには日本と比べてカジュアルにナイフを携帯する習慣があり、そのへんの市場でまるのままのリンゴだのソーセージだのを買っては手元のナイフで切って食べる人を見かけたものだという。そんな風景も今後は見られなくなるのだろうか。

この法制強化は、今年8月にゾーリンゲン市制650年記念のイベントを「イスラム国」とのつながりが疑われるシリア難民の男が刃物で襲撃した事件がきっかけとなっている。

www.yomiuri.co.jp

www.bbc.com

これを受けて、ドイツ国内各地で絶賛開催中のクリスマスマーケットにおいても、連邦内務相ナンシー・フェーザーは来場者への監視強化を呼び掛けていた。いっぽうクリスマスマーケットの警備を担う警察は連邦政府でなく州の所管であり、各州の責任者は警備を強化するものの来場者全員への身体・手荷物検査は現実的でないと発言するなど温度感にやや差があるようだった。

www.spiegel.de

そんな中できょう、マグデブルクのクリスマスマーケットにサウジアラビア出身の50歳医師が自動車で突っ込み、現時点で2名が死亡している。刃物の検査だけでもてんやわんやなのに、なんてことをするのか。

www3.nhk.or.jp

9. angstsparen 「不安から節約する」

In Zeiten der Rezession entschließen sich viele Menschen aus Unsicherheit über ihre finanzielle Zukunft zum Konsumverzicht. Das Verb angstsparen (Platz 9) bringt diese Grundhaltung prägnant zum Ausdruck.

不景気の時期には多くの人が、経済的な先行き不安から消費をやめる決断をする。動詞 angstsparen (第9位)はこの基本的態度を端的に表現したものである。

これは分離動詞なんだろうか。 Ich spare viel Geld angst. 「不安だからたくさん貯金してる」みたいな感じの。

ぐぐった限りでは名詞 Angstsparen がよく出てくる。これは2023年以前からあったようだ。動詞としての用法は見つけられず。

de.wikipedia.org

10. Deckelwahnsinn 「蓋の狂気」

今年の「今年の言葉」は全体的に暗いネタが多いけれど、10位あたりにスキャンダル・失言・失政がらみなど半笑いになるような小粒のネタを持ってくる伝統(?)は今年も変わらない。

Seit Juli 2024 gilt aus Gründen des Umweltschutzes ein EU-Gesetz, wonach sich Deckel nicht mehr von Plastikflaschen lösen lassen. Die öffentliche Diskussion über den Deckelwahnsinn (Platz 10) war von der Frage nach dem tatsächlichen ökologischen Nutzen sowie nach der Verbraucherfreundlichkeit geprägt.

2024年7月から気候保護を理由とする EU 法が施行され、それによりペットボトルの蓋は取り外せなくなった。蓋の狂気(第10位)についての公共の議論は、実際に環境面で利点があるのか、またそれは消費者にやさしいのかという疑問に特徴づけられている。

ドイツに限らない EU 全体での法施行であり、また日本の飲料メーカーも対応に乗り出しているということで日本経済新聞が取り上げていた。

www.nikkei.com

ここでの Wahnsinn には、堅苦しい「狂気」というよりはくだけた「いかれてる・どうかしてる」みたいなニュアンスを感じないでもないけれど、それにあたる日本語の名詞表現が思いつかなかった。