綿谷エリナ『おしゃべりなドイツ語 対話力を上げるテクニック&トピック』を読みました。ちなみに下記イベントでいただいた著者サイン入り。
綿谷エリナ×伸井太一/柳原伸洋「中から見たドイツ、外から見たドイツ」 @本屋 B&B - blog.heartyfluid
「はじめに」より引用:
日本における語学学習は、語彙力、文法、読解力、リスニング力などハードな部分が中心。(中略)ドイツ語でのコミュニケーションにおいては、「あなたの話に興味がある」「あなたと対話をしたい」と伝えることも同じくらい大切です。それらを伝えるときにはソフトな部分、例えば、コミュニケーションを滑らかにするニュアンスや、ちょっとした一言で聞き上手になれる相槌、ドイツ語という言語が持つキャラクターを感覚的に理解することがあなたを助けてくれます。(中略)この本では、テクニック(ドイツ語での気持ちの表現術)とトピック(もっとドイツを知るためのエッセイ)の二部構成で、この「ソフトな部分」を使いこなすためのサポートをします。
装丁もかわいらしいし日本語も多いので、初心者向けのやさしい本なんだろう、と無意識に思い込んで読み始めたのですが、この「はじめに」で掲げられているこの本の目標の高さをしだいに知ることになります。
本の冒頭1/3が「テクニック」、残り2/3が「トピック」の構成。「テクニック」は次の4テーマ。
- 相槌の表現
- 格
- 心態詞
- 分離動詞・非分離動詞
相槌は覚えゲー。格や分離動詞はドイツ語文法のひとつのハードルではある一方、理屈さえ押さえればメカニカルで楽しい。そんな中で心態詞はやや異質というか、ほかのテーマよりはやや高度な印象を個人的には持っていました。相槌のように常套句として暗記するには用法のバリエーションが広く、かといって文法ほど明確に理屈や構造があるわけでもないので、勉強するにもややとっつきにくい。ドイツ語を和訳するとき、心態詞って辞書を引いてもどう訳出すればいいんだかわからないことがあるんですがわたしだけ?
時制だの接続法だのといった頻出の文法事項を脇においてそんなテーマを果敢に取り上げるあたりが、ふつうのドイツ語の教科書と違うというか、企みがあっていいなと思いました。そしてこれらのテーマが選ばれた理由も、ひととおり読み終えてこの本のねらいが何だったか改めて考えると、必然性があって納得します。
そして「トピック」は次の7テーマ。
- 芸術文化
- スーパーマーケット
- 動物と自然環境
- 余暇
- 教育
- 民主主義
- 多文化共生
最後の「多文化共生」がある意味この本のクライマックスで、コミュニケーションがなぜ・どのように大切なのかがドイツで生まれ育った著者の体験を交えて語られます。
小さい頃から呪文のように言われてきた「日本とドイツを繋ぐ架け橋」となるべく、品行方正な「民間外交官」として言語も文化もすべてパーフェクトでなければならない、という自ら抱え込んだプレッシャー。一方で、どちらにも属し切れないけど、どちらでもある、揺らぐ自分という存在。
著者の内面やオピニオンがこの章では掘り下げられていて、力の入り方の違いに驚きます。そしてそれらの体験が冒頭で掲げられていた目標へつながっていることに気がついて、ああこの本のやろうとしていることってこういうことだったのか、と納得するのでした。
そしてこの「多文化共生」の話をするには前提として「民主主義」の話をしておく必要があって、そして「民主主義」にはその手前の「余暇」や「教育」が基礎として必要なようにも見えます。そう思うと、一読すると「多文化共生」の話で急に熱くなるように見えて、実はそこへ至る布石はもっと手前から打たれていたのかもしれません。このあたりにも企みがあるような気がして、いろいろと考えさせられます。
もちろん、著者のオピニオンだけでなく「ドイツのファクト」としても一連の7テーマは興味深く読めます。たとえばドイツの学校制度については以前自分で調べようとしたもののよくわからなかったところで、たいへん助かりました。
全体として、ドイツやドイツ語に関心のある人なら、ドイツ語初心者でも経験者でもその練度や関心に応じた気づきが得られる本なのではないかと思いました。また、ドイツ語以外の語学をする人にも読んでみてもらいたいです。