[ドイツ語]nicht が否定する対象を誤解した例
最近、否定の副詞 nicht が何を否定しているのか読み違えてしまうケースが続いたのでメモ。
Brauchtum - Düsseldorf - Viele Kneipen und Weihnachtsmärkte zeigen keine WM-Spiele - Bayern - SZ.de より引用:
Wir können nicht die Menschenrechtslage, schlechten Arbeitsbedingungen, die Stellung der Frau und der LGBTQIA+-Gemeinde, Todesfälle bei den Bauarbeiten und Korruptionsvorwürfe bei der Vergabe kritisieren und die WM doch mit unserer Aufmerksamkeit belohnen.
誤訳:
我々は人権の状況、劣悪な労働条件、女性や LGBTQIA+ の人たちの地位、建設現場での死亡事故や業務委託での非難のある汚職を批判することができず、ワールドカップに注目してやっている。
つまり、nicht が und の手前までの "können ... kritisieren" 「~を批判することができる」を否定しているものと解釈して訳している。これは誤りだった。
正しくは次のとおり:
人権の状況、劣悪な労働条件、女性や LGBTQIA+ の人たちの地位、建設現場での死亡事故や業務委託での非難のある汚職を批判しておきながら、それにもかかわらずワールドカップに注目してやるということは我々にはできない。
つまり、nicht は und 以下を含む文全体 "können ... kritisieren und doch ... belohnen" 「~を批判し、かつそれにもかかわらず~してやることができる」を否定している。
ポイントは2つ。
- 誤訳では und doch 「そしてそれにもかかわらず」を無視していた。doch に出くわすと見なかったふりをする、悪い癖
- können 「できる」が kritisieren 「批判する」 だけでなく belohnen 「報いる」にもかかっていることを見落としていた。もし belohnen に können がかかっていないなら、belohnen は文末でなく und のあとに来るのでは
Energiekrise: Warum wir von dunkleren Städten profitieren | Wissen & Umwelt | DW | 12.09.2022 でも nicht 関連で読み違えをしていた。引用:
Die Stadt Weimar macht morgens die Straßenbeleuchtung 30 Minuten später an und 30 Minuten früher aus. Im Dunkeln steht man deshalb nicht.
誤訳:
ヴァイマール市は毎朝通りの照明を(従来より)30分遅く点灯し、30分早く消灯している。そのため、暗い中に人は立っていない。
つまり街路灯を点灯させる時間を1時間短くした結果「暗い時間が長くなり、そのため出歩く人がいなくなった」と解釈した。これも誤り。
正しくは次のとおり:
ヴァイマール市は毎朝通りの照明を(従来より)30分遅く点灯し、30分早く消灯している。そのため、暗い中に人が立っているわけではない。
つまり街路灯の点灯時間を1時間短くはしたものの、常時消灯して真っ暗なわけではない、ということ。
ポイントは2つ。
- 実は引用した文の前の段落で、「ベルリンではランドマークの夜間ライトアップが中止され、戦勝記念塔やベルリン大聖堂が真っ暗になったことが述べられている。それに対してヴァイマール市では短時間ながら街路灯を点灯させている…という話なので、「ライトアップを完全にやめたベルリンとは状況が異なる」といいたいのだと解釈するのが文脈上自然
- 「暗い中に人は立っていない」なら、否定の不定代名詞 niemand 「だれも~ない」を使って "Im Dunkeln steht niemand." のようにするほうが自然
余談1:Google 翻訳と DeepL を見比べる
前者の例について、Google 翻訳と DeepL で翻訳結果が若干違った。
Google 翻訳の場合:
人権状況、劣悪な労働条件、女性と LGBTQIA+ コミュニティの地位、建設工事中の死亡事故、契約締結時の汚職疑惑を批判することはできませんが、それでもワールドカップに注意を向けることはできません。
DeepL の場合:
人権状況、劣悪な労働条件、女性やLGBTQIA+コミュニティの状況、建設中の死亡事故、落札プロセスの汚職疑惑などを批判し、かつワールドカップに注目することで報いることはできないのです。
Google 翻訳は und doch の解釈を誤っているように見える。ただ können が kritisieren と belohnen の両方にかかる点は正しく訳せている。
いっぽう DeepL は können と und doch の両方を正しく訳している。よって DeepL の勝ち。
なお後者の例については、どちらもおおむね正しく訳してくれた。自分より賢い。
余談2:Korruptionsvorwürfe とは
上記機械翻訳では両者とも Korruptionsvorwürfe を「汚職疑惑」と訳しているが、これは直訳すれば「汚職 Korruption への非難 Vorwürfe」であり、「疑惑」なら Korruptionsverdacht とかじゃないんだろうか。まあ「非難」するからには「疑惑」も当然あるだろうから、ドイツ語ではそうともいうんだろうか。
探してみると、同じ事件の報道で "Korruptionsvorwürfe" "Korruptionsverdacht" それぞれ使われている例があった。ニュアンスや意味内容にどの程度違いがあるのか(ないのか)はよくわからない。また Korruptionsvorwürfe kritisieren 「汚職への非難を批判する」というのがコロケーションとして妥当なのかどうかも、ネイティブならざる自分にはわからない。