『英語語源ハンドブック』にこじつけて学ぶドイツ語 #45 safe / save

HEE こと『英語語源ハンドブック』にこじつけてドイツ語の語源その他について書くシリーズ。
第45回は safe / save から。
いずれの語もラテン語形容詞 salvus (危害を加えられていない、健康な、まっとうな)に由来し、印欧祖語 *sol- (完全な)に基づく。[...]形容詞 safe はフランス語を経て13世紀に英語に借用され、[...]動詞 save は、ラテン語 salvus が動詞化した salvare が(アングロ)フランス語を経て13世紀に英語に借用されてきた。[...]名詞 safe (金庫)は、15世紀に動詞 save からの品詞転換を経て save の語形で用いられていたが、17世紀からは語形としては形容詞 safe に合流した。
ドイツ語には der(das) Safe 「金庫」がある。HEE によれば17世紀からあるという「金庫」の意味の英語 safe が、Duden 語源辞典いわく19世紀に借用されたものである。ドイツ語の文中でこれに出会うとつい「ザーフェ」などとドイツ語読みしてしまいそうだが、発音は英語そのままなので気をつけないといけない。
いっぽうドイツ語で Safe といえばもっぱら名詞であり、形容詞としての用法は入っていない。英語の形容詞 safe に相当するドイツ語としては sicher が連想される。古高ドイツ語からある古い形容詞だが本来語ではなく、ゲルマン祖語の時代に入ったラテン語 sēcūrus 「安心な、安全な」に由来する。
とすると同根語として連想される英語 secure 「不安のない」も sicher と同じく古いのか…というとそうでもないようだ。KDEE こと英語語源辞典によれば、早くにゲルマン語に入ったラテン語 sēcūrus は古英語 sicor につながった一方で、1533年ごろラテン語 securus を再度借用する形で secure が現れた。そして KDEE いわく、sicor の系列は「secure に駆逐されて 16C 以降はまれ」だという。古英語 sicor の末裔 sicker 「安全な」は、英辞郎では「〈スコット・北イングランド〉」とされている。
ところでラテン語 sēcūrus は、名詞 cūra 「心配、看護」に接頭辞 sē- 「ない」がついたものであり、つまり「心配がない」の意味である。この元の名詞 cūra を医学用語として16世紀に借用したものが die Kur 「療法」である。以前言及した bio- と似て、自然療法大好きなドイツ文化ではこの Kur もよく見かける。日本語でカタカナ語「クアハウス」になった das Kurhaus もそう。Duden 語源辞典はいくつかの複合語の初出年代を書いてくれている:
- Pferdekur: 荒療治(17世紀)
- Kurgast: 療養・湯治の客(18世紀)
- Hungerkur: 断食療法(18世紀)
- Kurpfuscher: 無免許医、やぶ医者(18-19世紀)
- Kurort: 温泉保養地(19世紀)
ちなみに察しのつくとおり、ラテン語 cūra は古フランス語を経由して英語 cure 「癒す」になった。KDEE によれば初出は14世紀とのことで、ドイツ語 Kur より早い。
HEE の記述に戻る。動詞のほうの英語 save の語源となったラテン語 salvus は、挨拶 salve 「健やかであれ→こんにちは」に派生した。ここから英語では salute 「挨拶する」や salutation 「挨拶」の語が生じることとなる。軍隊において空砲を放って敬意を示す「礼砲」を英語では Gun salute などと呼ぶが、ドイツ語では当初ずばり die Salve といった。16世紀にフランスから借用した語で、現代では空砲・礼式に限らず一般の「一斉射撃」を Salve と呼ぶようになった。挨拶がてら一斉砲撃とはドイツの軍隊は容赦がない。現代では、とくに「礼砲」のことを指す場合は der Salut と呼ぶようだ。eine Salve von Gelächter 「笑いの Salve」すなわち一斉射撃のごとく笑い声がどっとあがるという比喩もみられる。
最後に、英語 save のドイツ語での類義語について。「救う」なら retten、「蓄える」なら speichern あたりだろうか。ドイツ語 retten 「救う」と同根とみられる語はオランダ語 redden や古英語 hreddan など西ゲルマン語群にのみみられ、その語源ははっきりしないようだ。Duden 語源辞典はインド語群の古い語 śratháyati 「緩める」との関連を指摘し、「自由にする」のような原義から「救う」へと派生したのではないかとしている。なお古英語 hreddan は現代までに廃語となった。
もう一方の speichern 「蓄える」は、後期ラテン語 spicarium 「穀物蔵」を借用した古高ドイツ語 spīhhāri から派生した。動詞の初出は18世紀とかなり新しい。コンピューター用語でデータを "save" すなわち「保存」するという際にも、ドイツ語ではこの speichern を用いる。なお、ラテン語 spicarium はラテン語 spīca 「穀物の穂」から派生したもので、ラテン語 spīca は英語に借用され spike 「穀物の穂」になった。同音異義語の spike 「大釘、スパイク」はラテン語借用語でなく英語本来語ではあるものの、印欧祖語までさかのぼればラテン語 spīca と同じ *spei- 「とがった先端」に行き着く。この印欧語根 *spei- からはドイツ語 spitz 「先のとがった、辛辣な」が出た。18世紀に登場した犬種のカテゴリースピッツもこれである。マズルがとがっていることから Spitz と名付けられた。
2026-02-09 追記
この記事を試験的に note にも転載しました。